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2013年11月30日 (土)

さっきフォーレに怒られました・・・って

みなさん、こんにちは
少しずつフォーレのレクイエムの自己練習をやっていますが、なかなかうまくは歌えません。
私は以前ブラスバンドに1年ですがいたことがありますが、何度も練習してできないと指揮者がけっこう怒ります。

何回いったらわかるんだ・・・・

みたいな感じですね。

マルグリット先生はこういうときは

そういう演奏をするとモーツアルトがお墓から出てきて・・・
私はそんな曲作った覚えはない

って怒ります

というようなことをおっしゃいます。

きっとフォーレは私が練習しているのを聴いて・・・

まあこいつは本業が音楽と関係ないし(本当に全く何の関係もありません)特に音楽のトレーニングを受けているわけではないのでこんなものだろう・・・・でも自分が作った曲と
ずいぶん違うな・・・・え、こいつはマルグリットの弟子(というほどのものではありませんけどね)か・・・少しマルグリットに文句いってやろうっと・・・

みたいなやりとりがあってマルグリット先生が私のところに現れて

今、あなたの歌を聴いてフォーレに怒られました・・・・

ということがないようにしたいと思います。

まあ私の気持ちを汲んでマルグリット先生に文句をいわないでください(^_^;)>フォーレさん

下手は下手なりに一生懸命練習しますから・・・・・(^_^;)

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2013年11月27日 (水)

聴くと歌うとは大違い(^_^;)

みなさん、こんにちは。
昨日からフォーレのレクイエムの自主練習を始めました。

12月の最初にレッスンがあるので、今いきなり参加しても周りに迷惑をかけてしまいます。

フォーレのレクイエムはモーツアルトのレクイエムと違って早い部分がなくどの楽章もゆったりと歌います。演奏しているCDを聴くとそれほど難しくは感じないのですが、実際に歌ってみると

まずしばらく歌っていないので声がでません(^_^;)<論外だな!(笑)
音符はきちんと伸ばす部分が多いので最後の方で息切れがしてはダメです。

後は全体に合わさった時の合唱のバランスがむずかしそうです。

またこの曲を聴くと天に召された愛すべき人たちにこういう時が訪れるように・・・

と思わずにはいられませんがそのテイストを醸し出さなければなりません。
これには私のレベルを上げないと無理ですね。

鶏を絞め殺すような声で歌っても天に召された愛すべき人たちが

うるせーな~

ということになってしまいます(^_^;)

出るか出ないかわからない音を小さな声で柔らかいハーモニーで歌うので私にとっては
けっこうハードル高いです。

もちろん私は聴く専門で発生の訓練を受けたことはないですし、それほど音楽そのものに造形が深いわけではありません。

ただ唯一の救いは歌詞がモーツアルトのレクイエムと共通している部分があるので違和感が少ないことですね。

コンサートは来年5月でまだ時間がありますが、何度も声を出して声がきちんと出るようにしたいと思います。モーツアルトのレクイエムのときは最後の練習ではけっこう声が出ていたのであのくらいを目指したいですね。

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Poteitial4恐るべし(^_^;)

みなさん、こんにちは
年末に電源を強化しました。CHIKUMAの電源タップのPotential4を導入しました。というと計画的ですが実は勘違いが発端でした。今まではCHIKUMAのTunefulAC2を主な機器に使っていたのですがそれでもその前に使っていたPillatAC2という電源ケーブルのテイストがすきだったので、今回Pillar3がリリースされたのでこれを一本注文しました。ふとCHIKUMAのwebをみるとPossible4という一番上のグレードの電源タップがアウトレットで安く売っていたので内心これを買ってPossible4-2にアップグレードするといいかもということでこれを注文しました。

ところがPossible4だと思っていたのがPotential4でした。内心は少しがっかりしました。
possible4-2は一台持っているのでこれが2台になると・・・と妄想を膨らませていたのですが
私の勘違いというかWebの読み違い(笑)

でまだpotential4だという認識がない段階でCHIKUMAに電話で連絡してこれをpossible4-2にアップグレードできるかと尋ねると、追加費用はかかるけどしてくれるということなので
これをゲットしました。性能的にはどうかわかりませんがPotential4の皮を被ったPossible4-2ということになります。

昨日納品されました。PillatAC3は今までESOTERICの固いケーブルで苦労しましたが
ヘロヘロで取り回しがいいので楽でした。Poteitial4はPossible4と比べると小さく軽いの
ですがそれだけ設置しやすく簡単にセッティングができました。

こっちにはパワーアンプをつないで、PillarAC3はPotential4につけました。

これで音を出すと

立体感が増したような気がします。

ではpillarAC3とTunefulAC2はどう違うかといわれるとわかりません(^_^;)

いちいちつなぎ替えて比べる気がおきません。そんな分析しなくてもこれで満足です。

ではPossible4-2とPotential4はどう違うのかというとこれもわかりません。(^_^;)

ラフな印象ではいい意味で軽い感じがしますし私はこの感じがすきですね~

このところESOTERICの電源ケーブルを求めてさまよう日々が続きましたがCHIKUMAのケーブルはテイストはESOTERICとは違いますが良いですね。

電源周りって大切ですね~

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2013年11月24日 (日)

マルグリット先生のために

みなさん、こんにちは。
今年の夏に合唱を指導してくれたマルグリットフランス先生が天に召されました。
マルグリット先生とはそれほどつきあいが長いわけではありませんが、合唱の時に
適切に指導をしていただきました。モーツアルトのレクイエムのときはイエス様を
あらわすJesuのところを「ユズ」と発音するのですが私は「ウズ」と発音していた
のでそこを修正していただきました。自分自身のスキルがないことをマルグリット
先生に告げると

大切なのは好きなことだね

ということをおっしゃってくれました。

去年のキリストの幼時のときは退院して練習に復帰した時にみなさんに
紹介してくれて

小林さん(私の本名は小林ではないのですがまあこのブログでは小林二郎を名乗って
いるのでここでは小林としましょう(^_^;))が帰ってきてくれた

といってくれました。

キリストの幼時は途中参加ということもあり私自身不本意なできでしたが
それでも

歌えるパートだけでいいから
小林さん、明日の本番は参加してくださいね

と声をかけてくださいました。

マルグリット先生と私の愛する人たちがやすらかな時間をすごせるといいなと
思いつつフォーレムのレクイエムをよく聴きます。このフォーレムのレクイエムの
世界のように穏やかな安息が訪れますように・・・・

個人的にはフォーレのレクイエムのコンサートに合唱で参加したい(スキルは
ありませんが(^_^;))という思いがありましたが、来年マルグリット先生の追悼の
ためのコンサートをやるということになったので合唱で参加して天に召されたマルグ
リット先生と私の愛する人たちのために一生懸命に歌おうと思っています。

またソプラノのソロで去年のキリストの幼時の時のマリアを歌った方も
参加されます。キリストの幼時のときは素晴らしいとおもって自分の歌う
順番も忘れて聴き惚れていました(^_^;)

意気込みはありますがスキルがないし、フォーレのレクイエムは何度も聴いていますが
歌うことは楽譜みるのは初めてなので上手にできるかどうかわかりませんが自分なりに
参加したいと思います。

詳細が確定したらブログにアップしますね。

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美しいソプラノ

みなさん、こんにちは。
最近よくカールリヒター指揮の
マタイ受難曲を聴きますが、録音が
50年前のものですが、ソプラノのアリア
が印象的です。まだ一部、二部をきっちりと
聴きこんではおらず一部を集中的に聴き込んでいます。

一部はイエス様が弟子達に自分は十字架にかけらるために
連行されみんなの前から去るということをつげ、それに
対して

イエス様はどんな罪を犯したというのでしょうか?
イエス様は私たちに救いをもたらし罪など何一つしらないお方なのに
イエス様が育てた子達がイエス様を殺そうとしています。子供達は
蛇になってしまったのです

というような嘆きやイエス様をたたえるアリアやコラールが続き、
ユダの手引きで連行されるところまでです。

イエス様はバスで表現されていtイエス様の声は単に低いだけではなく
そこに民衆を包み込む暖かさを感じます。ソプラノはまさに清らかなという
以外に言う言葉がみつかりません。

Blute nur, du liebes Herz血を流しなさい 愛する心よという下りを
この清らかなソプラノが歌うのですがここまで清らかな声でこういう残
酷な主題を歌うと怖いというか凄みがあります。

その後にこのソプラノが

私の心をあなたに(イエス様に)捧げます

という主題のアリアがありますが、まさに清らかな乙女がイエス様の
ために切々と歌うので何度聴いても言葉を失います。

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2013年11月22日 (金)

無知なクリエーターが使わないといいんですが・・・(^_^;)

みなさん、こんばんは
以前テレビを見ていたら車のCMが流れていてその音楽はどこかで聴いたことがありました。
そうそれはベルリオーズの幻想交響曲第4楽章です。リズミカルで輝かしい印象のある曲でトランペットのファンファーレまでありますがこれは何の曲かというとギロチンの曲なのですね。

幻想交響曲の中で主人公が心に思っている女性を殺してしまい(妄想の世界ですが)それてとらえられギロチンの刑になるという場面で主人公がギロチンまで運ばれていく時の曲がこの曲でした。スポンサーの人でこの曲を知っている人がいたら自分の車のCMにギロチンの曲ってどうなんだろうと思うでしょうね。

マタイ受難曲で民衆がイエス様を十字架にかけろと叫ぶ場面がありますがこれが何も知らないで聴いていると非常に快活で(今思えば民衆の残酷な狂気なのだと思いますが)リズミカルか曲です。

これ絶対にCMに使うとヤバイと思いますが、無知なクリエータが使いそうな感じがしますね。

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2013年11月21日 (木)

あれれ(^_^;)

みなさん、こんばんは
バッハのピアノ(あるいはチェンバロ)協奏曲はバイオリン協奏曲からの編曲があるんですね。

バイオリン協奏曲第1番→ピアノ協奏曲第7番
バイオリン協奏曲第2番→ピアノ協奏曲第3番
バイオリンとオーボエのための協奏曲→2台のピアノのための協奏曲

という感じです。

解説によればバッハのピアノ協奏曲はすべてバイオリンなど他の楽器の協奏曲かブランデンブルク協奏曲からの編曲だそうです。元の曲が残っていない場合もあるそうです。

これを知らないでピアノ協奏曲を全曲聴くと私の場合はあれれというのが3曲(上記の3曲ですね)ありました。

バイオリン協奏曲はヒラリーハーンさんやユリアフィッシャーさんの演奏で派手なイメージがありますがピアノ協奏曲特にチェンバロがソロだと渋いっすね。

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2013年11月18日 (月)

異教徒ですが・・・その2

みなさん、こんばんは。
最近マタイ受難曲をまじめに聴く時間が長くなりました。歌詞はドイツ語ですが私はドイツ語には全く縁がなくはっきりいって全然わかりません。

そこでカールリヒター指揮のマタイ受難曲で逐一ドイツ語の歌詞が出て日本語の対訳が出ているものをみながらお勉強しています。まだ二部はお勉強が足りませんが一部はけっこう聴きました。

マタイ受難曲はマタイの福音書に基づいてバッハが作曲したものでイエス様の受難を表しています。イエス様の受難とは人類の罪を一身に背負って十字架に磔になり命を落とすことによって人類の罪を許してもらうという内容です。

簡単にいうと第一部はイエス様がそのときがきた、人の子は、十字架につけられるためにひき渡される。そこに清らかなコラールが所々に流れ

イエス様がそのようなむごい罰を受けるような罪をどうしてしたのでしょうか

ということやイエス様を称える歌とか、イエス様を殺そうとする人間たちをイエス様に慈悲と愛情をもって育てられた子供がこの親を殺そうとしています。この子は蛇になってしまいました。と嘆く内容であったりしますがコラールは美しいです。コラールは時間の経過とともに起こることの間に挟まれます。

イエス様をどうやって殺そうか相談している為政者たち、ユダがイエス様を売りますがその報酬はいくらもらえますか?などという時間の進行の間に美しい曲が流れます。

1部はイエス様が自分自身の運命を語り、その仕打ちに対する理不尽さを嘆く、あるいは今までイエス様がなさったことを称えるというような内容になります。

その後ユダが手引きした軍勢にイエス様がとらえられ、裁判が行われます。
そこには嘘の承認、証言などがはかられますがイエス様が人の子が雲に乗って
現れるというと為政者は紙を冒涜したと言い放ち民衆はイエス様を殴ります。

その時に(お前が神の子なら)殴った奴が誰か当ててみろと何度も繰り返します。

ここまでで当時の為政者が謀略でイエス様を死刑にしたのかと思っていましたが実際に死刑にして手を下したのはイエス様が慈愛をもって接した民衆でした。祭りのしきたりで
釈放する決める時にイエス様とバラバという罪人とどっちを釈放して欲しいのか?

というと民衆が大声で

バラバー

というのはぞっとしました。

ところがイエス様はこの一連のことは予めご存じでそこには恨みはありません。

この民衆やコラールやアリアでイエス様を称える人たちの罪を一身に背負って命を落とされるのですね。

とここまで書いて念のためですが私はクリスチャンではありません。クリスチャンっぽい文章ですがクリスチャンではなく浄土真宗です(^_^;)

マタイ受難曲の一曲目があの十字架にかかって命を落とされた人の忍耐をみなさいという内容の歌詞があります。堪え忍ぶことを表す言葉が所々にでてきます。

私たちは十字架の刑というのはあまり知らないのですが、これは手と足を釘を打ち付けて固定して十字架を立てます。十字架にかかった人は即死はしないで長い時間かけて窒息死するそうです。イエス様の場合も絶命するまで数時間かかったそうです。

その間の苦しみに耐えたイエス様をみなさい・・・・人間を救うためにご自身が十字架で命を落とすということを知りつつそれを避けずに自ら苦痛の中で命を落とされた

ということなんですね。

美しいコラールを歌う合唱、残酷な民衆で

死に値する
十字架にかけろ!

という口々に叫ぶ人たちを同じメンバーで歌っているみたいです。

2部はお勉強不足でさらっとしかかけませんが、内容を理解すればするほど厳しい作品になりますが、私はクリスチャンではなくこの曲でイエス様のなさったことを賞賛するのではなく純粋にバッハの作品を味わうというスタンスですが内容は重いですね。

これを聴いて一つだけ異教徒の疑問があります。

イエス様は人間に対して慈愛をもって接してくださいました。パウロが裁判の時に自分の身かわいさにイエス様のことをしらないと3度否定することもしっていましたがそれを避難するわけではありませんし、自身を十字架にかけろといって十字架にかけた民衆たちの罪を背負いました。しかしながらユダの罪は許されなかったのかと思います。

ユダには本人にむかって

だが、人の子を裏切るその者は不幸だ!
生まれなかった方が、その者のためによかった。

と恨みを持たずに淡々といわれるとコワイものがありますが、ユダだけの罪はイエス様は背負わなかったのですね。

私はイエス様を売り渡したユダよりもイエス様を十字架にかけて絶命させた民衆の方が罪が重いと思うんですけどね・・・・まあ異教徒の戯言ということで・・・(^_^;)

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2013年11月17日 (日)

お前はアホか・・・って否定しません(^_^;)

みなさん、こんにちは。アホの小林です。

まあ自分でもアホだと思いますから他人からみたらアホそのものというかアホど真ん中でしょう。電源ケーブルの接続が安定してきて、バッテリー電源のPPR100にスパイクとスパイク受けを敷いて万全を期していました。

しばらくはこれで安定かな・・・・

などと少しご満悦だったのですがCHIKUMAからメールマガジンがきました。メールマガジンによればなんとPIllar2の後継の電源ケーブルPillar3がリリースされました。私は元々Pillar2を購入してこれにやられました。その後Pillar2からTunefulACへアップグレードしましたがPillar2の水墨画のようなテイストが気に入っていてTunefulACになってその水墨画にわずかに色がついたような感じがあったのですがその後TunefulAC2で少しの違和感がなくなりました。ということにPillar3のリリースです。

オーディオ業界というのはユーザー(私だけかもしれませんが(^_^;))の懐具合お構いなしでいろいろな製品をリリースしますね。そこでPillar3をモニター価格で発注しました。

まあこれだけならあり得るかもしれません。

私は電源機器にはバッテリー電源のJ1purojectのPPR100とCHIKUMAのpossible4-2を使っていますがなんとPossible4-2をもう一個注文してしまいました。これは実は私の勘違いである製品のアウトレットを発注したのですがその製品名を勘違いしました。その後CHIKUMAの営業の方にPossible4-2の話をして誠実な対応をしていただいて無事にPossible4-2を発注することができました。この誠実性はSTAXと相通じるものがあり、こういう会社には長く続けて欲しいと思います。

ということで今月末にPillarAC3とpossible4-2が届きます。

(少し仕事をして小金ができるとこれですからね~(笑))

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2013年11月16日 (土)

音楽三昧の日々(^_^;)

みなさん、こんばんは。
本業は何ら音楽とは関係ないのに宿題をほっぽらかして音楽を堪能しました。
昨日は山岡美樹さんのジャズのライブでした。SWINGというジャズバーでのライブでした。
山岡さんたち演奏する人たちが身近にみることができてリラックスした一時を過ごすことが
できました。仕事ほっぽらかした甲斐がありました。

実は自分ではそれほど意識していませんでした私はボサノバが好きみたいでしす。
いつかボサノバ特集をやってください>山岡さん

今日は群馬県太田にあるシャコンヌホールでバッハ三昧でした。
まずは、マリアユーディナさんのバッハのピアノ協奏曲1番第一楽章を演奏してマタイ受難曲に入りました。音響がすばらしくスピーカーから奏でられる音楽が立体的でカールリヒター見参という感じでした。

シャコンヌさんが歌詞の対訳を用意してくださりマタイ受難曲を味わうことができました。

自分なりのマタイ受難曲の学習した感想は近々アップしたいと思います。

食事もコーヒーもおいしく充実した一日でした。ただマタイ受難曲はしっかり味わうとけっこう疲労するのでヨハネ受難曲はパスしました。マタイ受難曲はイエス様が人間の罪を一身に受けることにより人類を救済するという主題で、十字架にかけられて絶命します。

十字架での磔は調べたところによると釘で手と足を固定します。(手が痛くなってきました)
そしてそのまま放置すると十字架にかけられて人は姿勢がとれなくなり窒息死してしまうそうです。十字架の磔は即死することなく何時間もかけてこういう状況が続きやがて窒息死してしまうのでかなり苦しい刑なのでしょう。

これを題材にしているので楽しい内容ではなく重いものがあり、真剣に聴くと疲労してしまうんですね。

今日は昨日のライブの山岡美樹さんのCDも持参したので、マタイ受難曲の後山岡さんのジャズをかけました。評判良かったです。

さて、明日から現実に戻って宿題にとりかかりましょう(^_^;)<大丈夫か?できるのか?

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2013年11月13日 (水)

PPR100の足回り改善

みなさん、こんばんは
今日はマタイ受難曲をドイツ語の歌詞と日本語の訳をみながら細部まで味わうということをしていました。たぶん2回くらい聴いたのはないかと思います。これの感想はまた後でアップしようと思います。

私は電源はバッテリー電源であるJ1projectのPPR100という機器を使っています。これは
40キロ以上あり移動が面倒なので足下はローラーになっていましたが、これを強化しないとずっと思っており今日このためのスパイクとスパイク受けが到着したので早速ローラーと交換しました。

CDプレイヤーへの給電としてLINNCD12にESSOTERIC8NPC8100をつないでPPR100は、LINDemann820のトランスポートにはesotERIC8N-PC8000をPPR100につなぐようにしました。

頭の中にマタイ受難曲が渦巻いているので趣向を変えて鬼束ちひろさんのアルバムをかけてみました。それぞれの音がゆらぎなく音場がスピーカーよりも少し広くなりました。

またLINDEMANNには試していませんがこれも良い結果になるでしょう。

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2013年11月11日 (月)

晩秋は音楽です

みなさん、こんばんは。
今週は私にしては珍しく週末音楽が続きます。
金曜日は夕方から山岡美樹さんのジャズのライブに行きます、前回ご機嫌なサウンドを聴かせてくれたヴォーカルの山岡さんはもちろん、ピアノの前田さん、ベースの加藤さんが出演されるので今から楽しみにしています。

土曜日は群馬県太田のシャコンヌホールでバッハ三昧です。

カールリヒター指揮のマタイ受難曲とヨハネ受難曲をシャコンヌさんのシステムとホール(オーディオルームではありません)で聴こうというものです。前回6月にストラディバリの音を聴きにシャコンヌホールに行った際にカールリヒター指揮のバッハのブランデンブルグ協奏曲がぴったりで響き、内装をはじめとするホールの雰囲気がぴったりでした。

ここでマタイ受難曲やヨハネ受難曲を聴けたらいいだろうな~

と思っていたですがそれが実現することになりました。

本当はミサ曲ロ短調も聴きたいのですがこれを入れると現実的な時間では終わりません。
マタイとヨハネで5時間強ですからミサ曲を入れると6時間以上になってしまいます。(^_^;)

金曜と土曜を励みにして今週はがんばります、

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2013年11月10日 (日)

i私は異教徒ですが・・・・(^_^;)

みなさん、こんにちは。最近バッハのマタイ受難曲を聴く機会を作るようになりました。
マタイ受難曲はこの曲を聴いていて楽しくなるという類のものではありませんし、特に最初の曲は聴いていると胸が痛くなります。聴きたいけれども体調が良い時でなければあまり聴きたくはない曲というのが本音です。

歌詞はドイツ語なので何をいっているのかわかりませんが、小学生の時に読んだ聖書の内容が当時の私にとっては衝撃的なのでだいたいの内容は覚えています。曲想とか歌詞のトーンに触れると小学生の時の記憶が蘇ってきます。大人になった今げは残念ながら私はキリスト教徒ではないので理解できない部分がけっこうあります。

マタイ受難曲はマタイ福音書を題材にしたイエス様(どうも呼び捨てにできません(^_^;))の受難を題材にしたものでイエス様が自分の運命を知り時が近づいたとそこから逃げることなくそれを受け入れ十字架にかけられるという内容です。イエス様の弟子は決して聖人君子ではなく、裏切り者の代名詞になっているユダのような人から裁判でその師であるイエス様のことを知らないと自分かわいさに嘘をつくペトロなどこれから起きるであろうことをすべて知っていました。特にこの部分は鶏が鳴くまでの間にあなたは三度私のことを知らないというだろう・・・・

とけっこう具体的に指摘しますし、ユダが裏切り者は私ですか?というとあなたが言ったとおりであるとズバリというのですね。

ここから先は異教徒の私見ですが、イエス様は自分が血を流すことで人間の罪を天なる父に赦してもらおうとしたので自分が

十字架にかけられ絶命する→願いは成就された

ということだったのだと思います。そのプロセスで弟子が裏切ったりするのはやむを得ないのか大きなことではないのか赦されることなのかわかりませんがそれをイエス様はとがめはしなかった

というのが何となくの私の解釈です。

最後の晩餐の時にイエス様は弟子たちにパンを与えて
取って食べなさい。これは私の体である
杯をとり感謝の祈りを唱えた後で、皆、この杯から飲みなさい。
これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血

というように罪があることを理解しており、弟子たちの罪も救う(ユダを除いて)
のだったと思います。ただしユダに対しては

人の子(イエス様ですね)を裏切るその者は不幸だ!
生まれなかった方が、その者のためによかった

これを穏やかな口調でいわれると怖いものがありますが、その後ユダは後悔して
から命を絶ちますがこのイエス様が言ったことから想像すると死んだ後にも悲惨な
ことが待ち受けているような感じがしますし、どんな人間でもイエス様の受難と
引き替えに救われるということはないようですね。

でイエス様は逮捕され殴られ、衣服を兵士に取り上げられ、ユダヤの王万歳などと侮蔑を受けけっこう痛ましいプロセスを経て絶命されます。歌詞には触れられていませんがイエス様の命を奪った人たちも

生まれてこなかったほうが良かった

ような目に遭ったのではないかと思います。

内容がイエス様の受難ですが決して楽しい内容ではないので聴いた後はいろいろなことを考えます。

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2013年11月 9日 (土)

モーツアルトってどんな人だったんでしょうね(^_^;)

みなさん、こんばんは
先日テレビのぶっちゃけなんちゃかんちゃらという番組をみていました。これは普通の人が知らない業界のことをぶっちゃけるプログラムでその時にはピアニストの方が出演されていました。

彼曰く一流のピアニストは同性愛者が多いということでした。絶対音感は備えているが九九がまともにいえず、ことわざは全くだめでした。それほど難しいものではないのですがこういうものを学ぶ時間を削って音楽にすべてを費やしていたのですね。

また私見ですが音楽は普通の人が普通に演奏しても聴衆を感動させることは難しく狂気にになようなものがないと辛いようですが、人間は音楽の時に狂気を出してそうでないときには狂気を引っ込めて・・・というような器用なまねはできないようです。

そこでふとモーツアルトってどうだったんだろうか?

と思うようになりました。

モーツアルトは小さい時にピアノの才能を発揮しその演奏や作曲は大人をびっくりさせました。今でいう天才少年を観るような感じだったのでしょう。またあっちこっちへ演奏旅行にいき本来であれば同年代の子供たちと遊びながら社会的ルールを覚えてくるのですが大人たちとの会話が多くもし私が少年時代のモーツアルトをみたら

ませたガキだな~(笑)

と失笑をしていたかもしれません。

モーツアルトは子供の時からいってはいけないことをいっても、何をやっても天才だから(かわいいからかも)許されていたのではないかと思いますし父親は子供が一人で生きていけるだけの音楽以外の教育はしなかったのではないかと思います。

こういう人が大人になったときには

経済観念がない
他人が作曲した作品を本人の立場がなくなるような状態でこきおろす
普段大人が口にしない卑猥なことを平然という
他人のことは考えずに場の雰囲気も考ええずに僕が、僕が・・・・となる

というような音楽の才能がなければ単なるバカといわれても仕方がなかったのではないかと思います。映画のアマデウスのような下品な男だったのかもしれませんし、サリエリがヨゼフ二世のために作曲したマーチをヨゼフ二世の前でこきおろす(事実かどうかわかりませんあ(^_^;))ようなあんな感じだったのかな~と思います。

音楽的に人を涙させるような演奏をすることができますがそれ以外は社会人として全くだめというのと、音楽の才能はない(十人並み)だけど大人が本来社会で生きていく経済的、法的な知識がある程度ある・・・・どっちがいいでしょうね。

なんかXANADOUというゲームのパラメーターを割り振り作業に似ていますが、私はできれば後者ですね。

音楽の才能なくともちっとも困りません(^_^;)

ある人がうらやましいとは思いますが・・・

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2013年11月 2日 (土)

私にも3連休です

みなさん、こんにちは
一応私にも3連休がきました。昨日は大きな宿題が一つほぼ片付くめどができたのでここは気持ち良くインターナショナルオーディオショーへと行きたいのですが、ややヘロヘロ状態なことと年末までにクリアーしなければならない宿題がけっこうあるので今年もインターナショナルオーディオショーはいけません。この時期は大きなオーディオのイベントが重なるのですがなぜか縁がありません。

今日は宿題をしないで一日休養に充てますが、狂ったように買ったCDと以前からもっているお気に入りのCDをたっぷり聴くことにします。

昨日久しぶりにミッシェルコルボ指揮のフォーレのレクイエムを聴きました。これを聴くと

去年の今頃はキリストの幼時の合唱に苦戦していたな~

ということが思い出されるとともに今年の夏に天に召されたマルグリットフランス先生のことが思い出されます。フォーレのレクイエムの合唱は練習していなかったのにこれを聴くと
キリストの幼時のことを思い出すなんて変ですね。

ボーイソプラノが天から降りてくるという感じですね。

天に召されたマルグリットフランス先生、私の愛する人達に

穏やかな平穏な時が永遠に訪れるように!

このレクイエムを聴いてしんみりした後はユリアフィッシャーさんバイオリンのモーツアルトのバイオリン協奏曲を聴くと元気がでますね~

今日は

マタイ
ヨハネ
ロ短調ミサ曲

か、

大ミサ曲

かミサ曲っぽい曲をじっくり聴こうかと思います。

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