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2015年2月11日 (水)

モーツアルトがそうだったかは知らないですが・・・・

みなさん、こんにちは。
モーツアルトのピアノ協奏曲は不思議な曲です。私はピアノは弾けませんがピアノ部分だけ聴くとある程度ピアノを弾くことができる人はこの曲を弾くことができるのではないかと思います。
もっとも聴衆を感動させるかどうかは別の話ですが・・・・

では曲はつまらないのかというとなんというか深い味わいがあります。

自分の人生に走馬燈のように思いをはせるというか・・・・

モーツアルトがそうしたのかどうかわかりませんが、かつてモーツアルトは天才少年であり各地の演奏旅行でその音楽の才能を披露して周囲をビックリさせたり喜ばせたりしていました。

またモーツアルトがピアノを担当するピアノ協奏曲の予約演奏会では聴衆で一杯であまり忙しいので自分のソロの部分の楽譜ができていないので即興で演奏したこともあったそうです。

これはモーツアルトの輝かしい時期で社会的には成功している時期である意味頂点とか全盛期とかいってもいいと思います。それから時間が経つと(といってもモーツアルトの場合は35歳くらいでなくなっているので老人ではないですが)モーツアルトの次の人がウケ自分自身の全盛期は過去のものとなってしまいます。

ピアノ協奏曲27番はモーツァルトが亡くなる年に作曲されたもので作曲の依頼があったといいよりも自分自身の演奏会のプログラムにするために作曲されたそうですがこれを作った時にはモーツアルトの人気はなく聴衆は集まらなかったそうです。加えてこの曲想です。少なくとも27番は聴いたら楽しくなってくるという類の曲ではありません。この曲はクラリネット奏者の演奏会に出演させてもらい演奏をしたそうです。元々人気がなかったということとこの曲想ですから聴衆は拍手喝采をしたということはなかったのではないでしょうか・・・

ちなみにモーツアルトの全盛期辺りはピアノ協奏曲10番台の後半になります。
深みはありませんが、光り輝くような雰囲気があります(先入観かもしれませんが(^_^;))

全盛期は良いと思いますが全てが良いとはかぎません。その時に配慮できなかったことや心のほんの片隅に残っていた何かを無視して突っ走ることがあります。これは年齢とかいうよりも自分が今いるステージによるのだと思います。全盛期というステージ、全盛期が過去になりそれを振り返るステージですね。

全盛期が過去になったステージで全盛期のことを考えると無理していたこと、必要なことを切り捨てて全盛期優先の人生を送ったことなどなどが思い出されるでしょう。その人にとって全盛期は悪いものではありませんが、全盛期が過去になったステージも名声や経済的なものは全盛期ほどありませんが決して悪いものではありません。

全盛期が過去になったステージで人生を考え直すこと、自分が全盛期に捨ててきたもので大切なものを考え直すことって大切だと思います。

この27番を聴くといつもそういうことを思います、決して現状を嘆くとかではなく仕事は人生において大きなウエートを占めますがそれ以外にも大切なもの、切り捨ててはいけないものを思い起こすこともまた大きなウエートを占めると思います。

ということでカールベーム指揮、ピアノはバックハウス、オケはウイーンフィルで聴いています。

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