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2016年9月 2日 (金)

あざとさはNG

みなさん、こんばんは
少し前にマルグリットフランス先生の追悼コンサートでフォーレのレクイエムに合唱で参加したときのことですが、その前に合唱で知り合いになった人が聴きにきてくれました。マルグリット先生のことを思ったのか私たちの演奏を聴いて泣いてくれました。

これは別に私たちの演奏が上手だったからではありません。

私見ですがフォーレはお父さんとお母さんが天に召されたあとで「怒りの日」などのような神の審判を受けるというコワイことはないように安らかに眠りにつくことを祈っていたのだと考えます。

レクイエムは演奏する方はテクニックを駆使して観客を泣かせるという必要はなくフォーレの亡きご両親に対する思い(あくまでも私見ですが)を抱きながら歌うだけで十分だと思っています。

私は歌はプロではないので聴衆の感情をコントロールするテクニックは身につけていません。

ただし、曲自体が有名で歌い方によっては聴衆の涙を誘う曲でも演奏者がここで泣かしてなろうと思って演奏すると、「あざとさ」が顔を出しどんなに上手な演奏でも聴いていて感動しません。

演奏にあざとさが顔を出すと・・・・曲を作った人の想いがゆがめられてしまいますね~

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