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2017年7月 9日 (日)

切っ掛けになる演奏

みなさん、こんばんは

ずっと食わず嫌いだったものが一瞬にして治る切っ掛けになる演奏があります。
私はクラシックはかつて全く聴くことはなかったのですが学生の時にチューナーのスイッチを入れた瞬間にカールベーム指揮のモーツアルトのハフナーセレナーデが頭から演奏されました。これは全くの偶然でした。

少し聴くと大変魅力的な曲で全部聴きました。その後

モーツアルトっていいということでモーツアルトにハマりました。

これがクラシック音楽を聴く切っ掛けになりました。

またバッハは宗教曲を敬遠していたのですが、これはバッハ、宗教曲というキーワードが暗いというイメージがあり(根拠などありませんが)敬遠していました。ところがミサ曲ロ短調を聴いたら暗くないし好みでした。これを切っ掛けにマタイ受難曲、ヨハネ受難曲、マルコ受難曲を聴きカンタータまで聴くようになりました。

今残っている食わず嫌いはオペラです。

今日は先日フェイスブックのフレンドになって頂いたソプラノ歌手の石原妙子さんがレオノーラを演じ、以前から交流させてもらっている桑原理一郎さんが音響とビオラで参加されているオペラ、ベルディー作の

イル・トロヴァートレ

を鑑賞に行きました。

簡単に人間関係を記すと

アズチェーナ(マンリーコの母親)母が魔女だということで先代のルーナ伯爵によって火あぶりで殺される

ルーナ伯爵 レオノーラのことが好きであるがレオノーラはマンリーコが好きなので嫉妬の炎を燃やす
マンリーコ 吟遊詩人 実はレーナ伯爵の弟でそれを知らずにレーナ伯爵とマンリーコは対立する
レオノーラ マンリーコを心から愛する女官であり非業の最後を遂げる

アズチェーナの母親が火あぶりで殺された時に先代ルーナ伯爵の子供の弟の方がいなくなり赤ん坊の骨が火の中から発見されます。(これはルーナ伯爵の弟ではないです)

マンリーコはレーナ伯爵に捕まり処刑ということになりますがレオノーラがレーナ伯爵にマンリーコの命乞いをしますが、レーナ伯爵は自分が好きなレオノーラが自分の恋敵(恋敵にすらなっていないと思いますが(^_^;))を庇うことがで嫉妬の炎をもやしますがレオノーラが自分の身を差し出すということで命乞いを受け入れます。

レオノーラはマンリーコを逃がすためにマンリーコが捕らえられている牢へ行きますが状況を察したマンリーコはレオノーラを非難します。がレオノーラはこのとき毒を飲んでいて絶命します。

レーナ伯爵はこれを見て自分が裏切られたと判断しマンリーコを処刑します。

アズチェーナはレーナ伯爵にお前が処刑したのはお前の弟だと告げレーナ伯爵は愕然とします。

最後にアズチェーナは

母さん復讐は成った

と叫び幕

と全然めでたくない終わり方です。

終演してから考えたのですがアズチェーナはマンリーコがレーナ伯爵の弟だと知っていて我が子として育てます。最初からこのシーンを目指していたのか或いは母親としての愛をマンリーコにそそいていたが火あぶりになった母親の悪霊に操られた部分があるのか・・どういう気持ちでマンリーコに接していたのかと思いますし、レオノーラの純愛を貫いたにも関わらず助からないマンリーコの運命だったんですね。レオノーラには救いのないお話しのような気がしますが、この世で幸せになれないのであればあの世で幸せにという思考がイタリアにはあるのかも(AIDAの最後がそうでした)とか思ったりまとまりませんが考えさせられることがありました。まあそれは私個人の個人的な思いです。

オケは厚く、歌手はそれぞれの役割を演じていました。石原さんのレオノーラはマンリーコを愛していてマンリーコのためなら死んでもいいという情念を感じることができました。アズチェーナを演じた二渡さんはまさにジプシーの母親という感じでした。

オペラのシーン毎の感情の高まりを肌で感じることができました。

見終わった感想は素晴らしいの一言につき、今までオペラ鑑賞しなかった俺ってバカだな~

です。

原語での演奏でしたが言葉はわからなったのですが日本語での翻訳があり場面の意味は理解できました。

石原さん、桑原さん、お疲れ様でした。

今度は積極的にオペラ鑑賞したいと思います。

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