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2018年4月29日 (日)

何が違うのか?

みなさん、こんにちは
オーディオ機器に投資する場合は一番安くあげる方法は妥協しないということだと思います。
たとえばあるメーカーのアンプが気になったとします。たいていは

エントリーモデル
中間モデル
トップモデル

というものがありエントリーモデルが一番安いです。自分が視聴などをしてトップモデルが気に入った場合は妥協せずにトップモデルを狙うということです。でもトップモデルは高いしそんなに簡単に買えるわけではありません。

でもですね、エントリーモデルや中間モデルを買った場合必ずトップモデルが気になります。良い演奏を聴けば聴くほどトップモデルが気になります。妥協したもので我慢できる人はいいのですが私のように制御が効かない人間は間違いなくトップモデルに走ります。

そうすると前に買ったモデルの投資は無駄になります。

色々な考え方があるのでこうでなければダメだとかいうものではありません。トップモデルが無理であれば投資できる範囲で良いものを求めるということでもいいのでしょう。

ではエントリーモデルが安いし(といっても一般上感覚から考えて安いとは思いませんが)トップモデルは高価ですがトップモデルはなにが違うのでしょうか。

技術的なことはわかりませんが、演奏される音楽が違います。いい音になるのでしょうか。

何をいい音というかわかりませんが、私は楽器であればその本来の音が普通に感じることができるということだと思います。楽器やヴォーカルの音が変に色づけされていたり実際にホールで聴くよりも異様に響いたりすることを感じることが減るという感じでしょうか。オーディオ機器からの演奏を聴いて違和感が減るということになると思います。

これはなぜオーディオ機器を買うかということになると思います。

私は演奏者を雇うことができない、自分でコンサートホールを所有することができないのでその代替的な方法として再生装置を使うというのがオーディオ機器を買った理由です。

本来なら再生装置で音楽を聴くよりも自分のホールで自分が雇った演奏家に好きな曲を誰も観客がいない(フライングブラボーがないです)ところで心ゆくまで聴きたいのですがそれは残念ながら現実的はありません。

これができないのでオーディオ機器で音楽を聴きます。

以前あるメーカーの試聴会にいったのですがそこでの演奏はきれいな音色が出続けていました。バイオリンでしたがいつも聴いているCDを演奏してもらったら全然感動しませんでした。楽器の音は美しいですが実際は美しい成分だけではなく雑味のようなものもあると思っています。これが再生されないオーディオシステムは私的にはダメでした。

音楽とかオーディオは好みがあるのでこういう発想を持っている奴がいるということで・・・

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2018年4月27日 (金)

オペレッタ天国と地獄

みなさん、こんばんは。
今日はフェイスブックのフレンドのソプラノ歌手の生駒侑子さんの紹介で天国と地獄を鑑賞してきました。

いやーおもしろかったです、おかしかったです。

出演者はどの人のレベルが高く芸達者なので結構笑ってしまいました。

生駒さんはキューピットの役で出演されていました。存在感ありました。

簡単に流れを記すとオルフェウス(売れない音楽家)の妻でユリディスに恋人がいてその恋人は羊飼いのアレステとつきあっていましたがアレステは実は冥界王のプルートウでした。リユディスはプルートウに冥界につれていかれ、それを喜んだ旦那さんのオルフェウスは世論に説得されて天界にいって神々の王のジュピターに妻を取り戻すように渋々お願いにいきます。オルフェウスは劇中にバイオリンを弾きますが実際に弾くのはバイオリニストでオルフェウスを演じていた人はよくあんなアホづら(失礼)で演奏できるなと思うくらいおかしかったです。

神の王のジュピターは女好き(女神好き)で色々と動物や自然現象に変身して女好きの本領を発揮し、他の神々からあなたの悪いことは全部しっている・・・と指摘されます。

その後オルフェウスと天界の神々(&キューピット)は冥界にいき妻を取り戻しオルフェウスに渡しますが元はジュピターが自分とつきあうつもりだったみたいです。(妻もジュピターとつきあうつもりだったみたいです)

最後にこれからオルフェウスは前だけみて後ろを振り返ってはいけない、、もし後ろを振り返れば妻は二度と戻らなくなるというどっかで聞いたことがある話になり雷がなり互いに案じで抱きつきます。これは約束違反にカウントされずにハッピーエンド。後半は登場人物があの有名な曲に乗って歌い踊りで小賢しいことは抜きで楽しむことができました。

登場人物は全員歌は上手でしたがジュピターを演じた小林大祐さんの声は素晴らしくマタイ受難曲のイエス様を聴いてみたいと思いました。

生駒さんはじめ出演者のみなさん、お疲れ様でした。良い舞台をありがとうございました。

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2018年4月14日 (土)

軽いとか重いとか・・・・

みなさん、こんにちは。
モーツアルトの曲を聴いていてあまり重苦しいという感じがするものは大まかな感覚ではないと思っています。むしろ軽快という感じをもっています。(そうでない曲もありますが)昨日からシューベルトのピアノソナタを聴き始めたのですがD960の第三楽章、第四楽章は軽快な感じがします。

それでも楽しくて楽しくてしょうがないという感じではなくかといって悲しさを感じるわけでもないのですね。

モーツアルトのピアノ協奏曲27番も悲しいと曲とは思わないですしもちろん楽しい曲とも思いません。

こういうのって私たちが通常感じる軽いとか重いとかいう感覚とは違うものであるような気がします。

モーツアルトの曲を聴いて軽快だと思うことはありますが軽いと思ったことはありません。
シューベルトのこの曲の第三楽章と第四楽章を聴いても軽快だと思いますが軽いとは思いません。

でもそれってどういうことなんですか?

ということに関してはまだわからないですが私たちが通常思うような感覚とは違ったものだと思っています。音楽を重いとか軽いで判断したくはないですね。もっと何かがそこにあるような気がします。(なんだかわかりませんが・・・(^_^;))

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2018年4月 8日 (日)

子どものウォルフガングと会えたコンサート

みなさん、こんばんは
今日はフェイスブックフレンドのIさんのお店で鍵盤楽器奏者の筒井さんのコンサートがありました。今回はモーツアルトが7歳の時から使っていたクラビコードの完全複製を使った演奏でした。モーツアルトの頃は今のようなピアノではなく当時のピアノは今のピアノと相当音色が違っていたと思います。思いを巡らせると幼少の頃のモーツアルトは今日のこの楽器の音色を聴いていたと思われます。

音色はシンプルですが乏しくはありません。Iさんのお店の音響がよいせいか控え目なボリュームながら精細な音色が全てきこえてきます。モーツアルトがこの楽器で演奏したであろう初期の頃のソナタを演奏して目をつぶってきくとそこに小さなウォルフガングがクラビコードを弾いていました。演奏が終わるとなぜかモーツアルトではなく筒井さんがいました(当然ですよね)

モーツアルトの他にバッハ、パッヘルベル など(曲は良かったですが作曲者名は他はわすれました。フレスコバルディーがいたかもしれません)

筒井さんが奏でる音色はなぜか懐かしい(全然今まで知らないのに不思議ですが)感じがしました。

このクラビコードを使ったコンサートはまたIさんのお店で開催されることを希望したいですね~

筒井さん、お疲れ様でした。よい演奏でした。

演奏が終わって小さな子どもが筒井さんに抱きついてきたのは印象的でしたね~

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2018年4月 7日 (土)

コンサート

みなさん、こんにちは。
コンサートに行くと色々なものを得ることができます。

私は元々はあまりコンサートには行かずに自分の好きなオーディオ装置で自分の好きな音楽を聴いて満足するタイプでした。ここ2年くらい色々なコンサートに行くようになりました。

まず知らない曲との出会いがあります。

再生するときは好きな曲しか聴かないので知らない曲でも好きな作曲家の曲以外は聴く機会はありません。私の場合は好きな作曲家はモーツアルト、バッハでそれほどでもないけどまあ聴く作曲家はベートーベン、ブラームスです、

ドビュッシーやメンデルスゾーンの曲はほぼ聴きません。学生時代にドビュッシーの牧神の午後の前奏曲を聴いてなんじゃこれは・・・と思ったくらいです。

ところがコンサートにいくと普段聴かない作曲家の曲が演奏されます。

そこで気になる曲がありそれを切っ掛けに聴くようになることがあります。

具体的にはドビュッシーの亜麻色の髪の乙女とメンデルスゾーンの無言歌集でした。

最初は誰の曲かわからずに演奏を聴いていてすごく印象に残るというか気になりました。
そこでプログラムをみて曲目と作曲家名をしり、CDで繰り返して演奏を聴いて段々好きになるという
感じです。

ドビュッシーはまだ不思議を楽しんでいる部分があり曲そのものを味わうところまではいっていませんが
なんじゃこれは・・・といって聴かなくなるようなことはなくなりました。

メンデルスゾーンはバイオリン協奏曲のイメージが強くピアノ曲はピンとこなかったのですが無言歌集は良い曲がけっこうあり天才ではなかのかと思っています。メンデルゾーンは交響曲もあるようでこれもそのうちに聴いてみたいと思っています。

コンサートにいって気になる曲の演奏を聴かなかったらこれらの曲の存在すら知ることがなかったでしょう。

またコンサートは終演後少しの間演奏者とお話し出来る時間があります。

私は元々は終演後に演奏者に挨拶できるようなタイプではないのですが最近は自然にできるようになりました。今はフェイスブックなどで友人になったりして交流することができるようになりました。

音楽は聴くのは好きなのですが演奏はダメなので今まで自分が知らないことを教えてもらうことがあります。

コンサートのメリットデメリットとかいう切り口で考えるのはあまり好きではありませんが、音楽を楽しむことができる幅が拡がったような気がします。

オーディオで音楽を聴いてその曲を知っていても生の演奏はまた違った感覚を味わうことができます。

今まではもっと気軽に行けるコンサートあればいいのにと思っていましたがそれは知らなかったというか知ろうとしなかっただけで演奏者の息づかいまでうかがうことができるサロンコンサートなどもけっこう開催されています。 気軽に行けるコンサートはかなりありますがもちろん演奏は気軽ではなくかなりのクオリティーです。

再生で曲を知っていてもコンサートは新たな出会いがあったり発見があったりします。

オーディオ装置を窓から投げ捨ててコンサートに行きましょう(^_^;)

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